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昭和10年(1935) 9月23日
九州に上陸し、北上を続け、死傷者653人、浸水家屋11万戸に及ぶ水害をもたらした、この台風により、四万温泉も未曾有の被害に遭いました。
これはその時撮影された新湯地区の写真です。
中央に一軒残っているのは、乗り合いバス駅、現在の関越交通四万温泉駅の所です、川の対岸にあるのは積善館本館、流失した萩橋のたもとに「河原の湯」が写っています、その上に門柱のある建物が、田村旅館別館、現 四万グランドホテルです。
この年、台風の前1週間近く、ぐずついた天気が続き、台風の接近とともに、雨足は強くなり、24日になっても衰えず、時刻は不明ですが、萩橋のすぐ上で土砂が崩れ、大きな桜の木が流され、橋に引っかかり川を堰き止めてしまい、重さに耐えかねて橋は流失してしました。その水の流れに、足をすくわれるように堤防が下から崩れ始め、「積善館」の客室、続いて「小倉屋」「高田屋」、駅の隣の「橋本屋」、最後にその上の「中島屋」と流されていきました。深夜近くの出来事だったそうです。
翌25日は台風一過の快晴となり、水の引き始めた川原に出て、流された家財道具や缶詰などを拾い集めたそうです。
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